可能性の幅は広い方がいい

自分の中の価値観と他者の価値観を
切り離しておくことが
セッションにおいて重要と書いた。

同様に、
何においても可能性の幅を広く持っておくこと
はとても重要なことだと思う。

「自分であれば、年収はこれぐらいほしい」とか
「家族と年に何回、国内旅行に行きたい」とか。

そういった聞き手の個人的な願望(あるいは嫌なこと)の
イメージというのはあると思う。

それはそれで持っていていいのだけれど、
セッションをする上では
可能性は無限であるということを
持ちながら話を聞く必要がある。

そうしなければ
「いやいや、そんなこと無理でしょ」と
相手のことを否定し、
ものごとを読み手の現実的な範囲の中に
落とし込んでしまうことになる。

それは正直、何をしているのかわからない。

例えば、
年収がとても高いところを目指していることを
否定するということもあると思うし、
逆に仕事としての収入は全くなくてもいいと言われて
イメージできなくて否定するということもあるだろう。

セッションの聞き手は、
相手の可能性を無限に広げておかなければ
話し手から本当のことを聞き出せない。

否定されるかもしれないことを
信頼して話せるわけがない。
これは言葉にしたかどうかに限らない。
無意識で思っていることは、ちゃんと伝わる。

セッションを受ける人のためにも
可能性を限定することは避けなければならないが、
聞き手である自分のためにも
可能性は広げておいた方がいい。

なぜかというと、
無限の可能性を広げているときにこそ
自分の知らない世界が見られることがあるからだ。

自分の知らない世界を見られることに
セッションの醍醐味があると思う。

様々な人の夢や理想を認め、背中を押すこと。
それを一緒にイメージさせてもらえること。
そのためにも、可能性の幅は広く持った方がよい。

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